鎌倉観光のサードウェイブ!「塩の道」六浦道沿いの名所を歩く

鎌倉大仏~長谷寺のある長谷一帯、そして明月院に代表される北鎌倉一帯に続く第三の観光エリアとして注目されているのが金沢街道沿道。

往時、塩などを運ぶ人たちで行き交った六浦道(現在の金沢街道)は、六浦港(現在の金沢八景付近)と鎌倉を繋ぐ産業道路でした。現在は、産業道路としての役割はありませんが、鎌倉中心街の喧騒を離れて竹寺として名高い「報国寺」を中心に、古刹・名刹などの見どころが点在する観光名所となっているのです。

日本三古天神の『荏柄天神社』

『荏柄天神社』は、菅原道真を祀る太宰府天満宮、北野天満宮とともに日本三古天神と云われています。創建は不詳ですが、少なくとも頼朝の入府以前にはあったそうです。

頼朝は、この神社を鎌倉幕府の鬼門の守りとして社殿を造営させました。現在の本殿は鶴岡八幡宮の旧本殿を移築したもので、鎌倉に現存する数少な鎌倉時代の建造物として貴重なものです。
境内にある大銀杏は、鶴岡八幡宮の大銀杏無き現在、鎌倉一の大銀杏であるのも見逃せません。また154人の漫画家によるカッパのレリーフが付けられている絵筆塚も見どころです。

土牢が悲しい『鎌倉宮』

建武の中興に倒れた後醍醐天皇の第三子護良親王が祀られているのが『鎌倉宮』。
護良親王は、鎌倉幕府打倒の雄として倒幕をなすのですが、足利尊氏の奸策のより捉えられ、この地にあった東光寺の土牢に幽閉され殺害されたのです。明治になって南朝を正式な系統とした明治天皇が、護良親王を想い東光寺の跡地に建立させたのが鎌倉宮なのです。

社自体は、鎌倉では新しい部類の明治時代の建立ですが、境内に残る当時の“土牢”や、親王の首を置いたという“首塚”、更に護良親王にまつわる宝物殿には、鎌倉末期の息吹が漂います。

鎌倉最古の古刹『杉本寺』

734年、行基が刻んだ十一面観音とともに建立された『杉本寺』は、鎌倉最古の仏地として独特の存在感を示しています。その一つが、本堂に上がる“山門”や“苔むした石段”で、その歴史の重みを見ることができます。
茅葺の本堂には、源頼朝寄進の運慶作十一面観音や、同じく運慶作の観音三十三身、地蔵菩薩などが目の前で参詣でき、その迫力に圧倒されます。

更に秘仏本尊の三仏も近づくことはできないながらいつでも参拝できるので、古刹の佇まいと圧巻の仏像を、鎌倉最古の寺院で味わう事ができるのです。

竹林が美しい『報国寺』

金沢街道で一番人気なのが、“竹寺”として有名な『報国寺』で、足利尊氏の祖父足利家時が建立しました。見事な竹林は息を飲むほどの美しさで、竹林を見ながら戴く茶室の抹茶は、時を忘れてしまうこと間違いありません。

しかし、報国寺は竹だけではなく、早春の梅、春のツツジ、初夏の紫陽花、そして秋の紅葉と控えめながらも四季を通じて花木が楽しめます。また、風情を楽しむのなら“苔”にも注目です。砂苔、尻尾苔、小杉苔、立苔、玉苔、檜苔、銀苔、水苔など十数種類の苔が生息し、古都鎌倉の佇まいを味わうには絶好のスポットです。

鎌倉五山第五位『浄妙寺』

寺の名が地名にもなっている『浄妙寺』は、鎌倉五山第五位の禅寺で、頼朝の挙兵に追随し重臣となった足利義兼が創建しました。

足利氏の氏寺なので、足利尊氏の父貞氏の墓や足利尊氏の弟直義のやぐら(古代の墓)は、歴史ファンには必見でしょう。更に花の寺としても知られているのですが、何といっても和洋のカフェがある寺院であるのが珍しいところ。

石窯パンをメインとしたカフェ・レストラン“石窯ガーデンテラス”や、枯山水庭園を見ながらお茶がいただける“喜泉庵”があり、散策の一休みにはよいでしょう。

最後に。

今回は五か所をご紹介いたしましたが、時間と体力のある方は、この先にも見どころはたくさんあります。

鎌倉幕府第4代将軍藤原頼経によって建立された『明王院』、塩嘗め地蔵のある『光触寺』、義経が腰越状を渡した『大江広元の屋敷跡』、源実朝が建立したかつての大寺院『大慈寺跡』、鎌倉の東の玄関口『朝比奈切通し』を通って金沢八景まで続いています。

古道・六浦道で古の佇まいを楽しんでください。

カテゴリー:神奈川

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