かつての大根の一大産地と遊園地ばかりではない豊島園 東京都練馬区を歩く

休日はワンデーパスがお奨めの練馬の旅

今回行ったのは、東京都練馬。

休日でしたが、実はその日、夕方から新宿で用事があったのですよ。それまで、日中はウォーキングで時間を潰そうと考えたのです。

それでなぜ、休日練馬へ行ったのかと聞かれれば、都営大江戸線が走っているから、と答えるでしょう。そのココロは、都営地下鉄「春」のワンデーパスが使えるからなのですね~。ワンデーパスは、都営線全線一日乗り放題で500円というお得きっぷ。自宅から、新宿、練馬をはしごして回っても交通費が500円ぽっきり。これは、行くしかありませんな。

かつて大根の練馬か、練馬の大根かと言われた練馬大根

さて、練馬。練馬といえば、皆さんはどんな言葉をイメージされますかね。練馬大根、という人は、かなりの食通なのでは。…ということで、都営大江戸線・練馬春日町駅を降りてまず向かったのは、駅から徒歩3分ほどのところにある練馬大根の碑。

近くにある解説板によると、練馬大根の始まりは将軍・徳川綱吉が病気になったとき、この地に治療に訪れた際に、栽培を命じたことから始まったと言われているそうな。何でも、尾張(愛知県)から種子を取り寄せ、練馬近隣の百姓に作らせたのだとか。また、そうではなく上練馬村の百姓が作り出したという話もあるらしい。どちらがホントかわかりませんが、この辺が、江戸の町の発展とともに、練馬大根の大生産地になったのは間違いないようで。

明治時代に入り、東京の市街地が拡大していくのに伴い、練馬大根の生産量も増大。練馬大根を使ったたくわん漬けが特産品として全国的に有名になり、これを記念して昭和16年に建てられたのが高さ約3メートルの「練馬大根の碑」だそうですね。

一時は、大根の練馬か、練馬の大根かと言われたそうですが、昭和30年頃から栽培が衰退し、その後市場に出回ることがほとんどなくなってしまったらしい。ただ、現在、都内各地で、伝統の「江戸東京野菜」を復活させようという動きもあり、練馬大根も再び市場に現れるかもしれませぬ。

ネーミングが興味深い愛染院

練馬大根の碑は愛染院というお寺の境内にあり、せっかくなのでお参りして行くことにしました。

観音寺という名称もあるそうですが、観音様が本尊として迎えられた記録がないというのは不思議ですね。ご本尊は、愛染明王だから愛染院という名前が優先されたのかもしれないと思いました。

しっとりと落ち着いた雰囲気の境内には、練馬区指定文化財の梵鐘がありました。

個人的に、練馬といえば…

さきほど、練馬といえば、皆さんはどんな言葉をイメージされますかと書きました。ただ、個人的には、練馬といえば、「がきデカ」のこまわり君ですね。

最近、若い人に、死刑!と言っても、八丈島のキョン、と言っても、何それ?というリアクションが返ってくるので、寂しい限り。漫画の中で、東京都練馬区在住のこまわり君というフレーズが何度か出てきます。練馬○○クラブの登場シーンは強烈でした。これだけ一世を風靡した漫画なのに、なぜ、練馬区は「がきデカ」を町おこしの切り札として活用しないのか、と。

でも、あまりにもあくが強いですからね、あの作品は。たとえば、「練馬○○クラブの街」として名前が知られたら、今の時代、洒落になりません。私は好きなのですが…。

こういうテーマで笑いがとれたのだから、昭和ってやっぱりいい時代だったのかもと考えました。

町名や駅名にもなった春日神社

環八を越え、古い商店が並ぶ豊島園通りをひたすら歩きます。昔の古い農家を改造して作った店。ケヤキの大木をそのまま残すために、家の形をそれに合わせて作ってある商店。

木造でもろ昭和をイメージさせる銭湯。通りを歩いているだけでも、見所は尽きません。

通りから一本中に入った春日神社は、練馬城主豊島泰経が一族の守護神として大切に保護したのだとか。

豊島氏の没落後、その後の城主海老名左近はここを居館の一部としたそうですね。思いのほか、広い境内はそう言われてみると、中世の館の後に見えなくもない。

そういえばこの付近一帯の地名は、春日町と言うらしい。地下鉄の駅名にも採用されている由緒ある神社なのですな。

絹を裂くような女性の悲鳴が住宅街に鳴り響く

そこからちょっと小道に入り、昔の田園地帯を想像しながら、のどかな住宅街を歩きました。…と、突然。

きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~

という、絹を裂くような女性の悲鳴。

すわっ、何事か。

私は、ギョッとして、タイガー・ジェット・シンやアブドーラ・ザ・ブッチャーに対する猪木や馬場のごとく臨戦態勢をとりました。頭上を見上げると、巨大な人間の顔が、うつろな表情で、遠くを見つめています。

そのあと聞こえてきたのは

おおおおおおおおおおおお~

…という、野太い雄叫びの声。男の悲鳴?

もうおわかりですよね。塀越しに、豊島園のアトラクションと観客の声が聞こえて来るのでした。ここは練馬区。なのに、豊島園なんですよ。なんで練馬園と言わないのでしょうね。

…と思って後で調べてみたら、豊島園は室町時代に作られたという練馬城の城跡に作られているのですな。そこの城主が豊島氏だから豊島園と名付けられたらしい。地名ではなく、人名がネーミングの由来だったのですな。ただ、豊島園が開園した当時の地名は、東京府北豊島郡上練馬村だったというから、何とも紛らわしい。

それはともかく、絶叫マシンの定番、バイキングがブォォォォォ~ンと不穏な音を立てながら、大きく揺れているのがわかります。民家の屋根越しに見える巨大な男の顔は、バイキングの支柱の上に取り付けられている。昼間見てもすごく不気味ですな。

それにしても、ひっきりなしに聞こえる女性の悲鳴。これだけ始終聞こえてくると、この近所に住む人は、悲鳴に慣れてしまっているのかも。もしもホントになんかあったときは大丈夫かと思ったのですが、絶叫マシンの悲鳴とホントに危険な目にあっているときの悲鳴は聞き分けられるのでしょうね。

東京には珍しい天然温泉の「豊島園 庭の湯」

豊島園の入り口に向かって歩いて行くと、下が黒で上がクリーム色の巨大な建物が現れました。

これは、バーデと天然温泉「豊島園 庭の湯」。都営地下鉄大江戸線を作るとき、地中調査の際に天然温泉があることが確認されたのだとか。そこで、新たに温泉施設を作ったのですか。2003年6月28日の開業で、2階建ての和風の施設内に数多くの温泉やスパ、サウナなどがあるそうですよ。

ほかにも、なんと1,200坪の日本庭園があり、温泉に浸かりながら庭園の緑や草花を楽しむことが出来るのだとか。ほかにも、さまざまな種類の浴槽とボディケアやリフレクソロジーがあって、心と体のコリをほぐしてくれるらしい。今流行の岩盤浴もできるのですか。

いつも時間に追われ、松尾芭蕉並みのスピードでウォーキングしているので、今回も中には入りませんでした。たまにはゆっくりと温泉を楽しみたいっす。

豊島園は、練馬城址でもある

付近にある石神井川の谷は深いですな。戦国時代は練馬城の堀の役目も果たしたのでしょうね。

そして豊島園の入り口へ。ホントは中に入ってリポートしたいところですが、先を急ぐので入り口から園内の写真を撮影するだけです。

昔来たときは、すいているイメージがありましたが、行った日は連休で多くの家族ずれで混みあっていました。でも、写真を見たら園内はすいているみたい。豊島公園駅が近くにあるので、駅前に人が集まっていたのかもしれませぬ。

それはともかく、もう少しすると、園内には桜が見事に咲き誇るのでしょうね。行った日は、コスプレのフェスティバルが開かれているようで、華やかな衣装のコスプレイヤーたちが集まっていました。

少し前、東京都が豊島園の敷地を「練馬城址公園」として整備するというニュースを見たことがあります。城好きとしては、城址公園にして欲しいけれど、ここは若者や子供たちの人気スポットでもありますね。

そういえば、西洋の城跡にも見えるなと、ウォータースライダー「ハイドロポリス」を見上げながら思うのでした。

永嶋 信晴

永嶋 信晴ビジネス便利屋兼ウォーキングライター

投稿者の過去記事

東京生まれ。早稲田大学および日本大学卒業。地方銀行に約十年間勤務した後、各種業務代行会社を設立し独立。趣味はウォーキングで、各地の名所旧跡を歴史的、あるいはオヤジ的な見地から訪ね歩く。司馬遼太郎とBS旅番組のファン。著書は、「新規開拓営業の教科書」(青月社)、「ハッスル老健」(ゆまに書房」など多数。

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