美しい桜に彩られる住宅街に点在する神社仏閣・教会 東京都目黒区の桜散歩

ボート遊びや動物とも触れ合える碑文谷公園

今回行ったのは、東京都目黒区。私事で恐縮ですが、私の住んでいるところから近く、以前は月二回ほど休日に出かけた場所です。閑静な住宅街の中に、古刹や鎮守の森、教会などが癒しスポットが点在し、快適なウォーキングコースなのですよ。しかも、この時期は桜が至るところで見られるのもおすすめですね。

いつもは自宅から歩いて行くのですが、今回は東急東横線学芸大学駅の近くで用事があったので、そこからスタートします。東横線の線路際を都立大方面に歩いて行くと、右手に池のある広い公園が現れます。ここが碑文谷公園。

中央にある大きな池は弁天池と言って、昔は碑文谷村の水田灌漑用のため池だったらしい。今は高級住宅街や商店街となっていますが、ここら一帯は水田だったのですな。

暖かくなったら、池でボート遊びもできるのですよ。私も子供の頃、何度か友人とボートを乗りに来たことを思い出しました。

また、「こども動物広場」もあって、ウサギ・モルモット・犬などと触れ合えたり、ポニーに乗ったりもできるのですね。

池には小島があって、赤い太鼓橋でつながっておりまする。そこにはお約束の神社があって池の景観に華を添えていました。

それにしても、池に張りだした桜は絵になりますな。

昔はこれほど広くなかったと記憶があり、調べてみたら2001年に公園に隣接してあった銀行の碑文谷グラウンドを公園用地として取得したのですか。現在は、野球場やテニスコート・体育館も備えた大公園になったのですな。やはり、1年の内で公園が一番美しいのは、桜が咲く4月かも。花粉が飛ばなければ最高なのですが…。

新たに生まれ変わるダイエー碑文谷店

私が散歩の途中、必ず寄ることにしていたのが、目黒通り沿いにあるダイエー碑文谷店。開業日の昭和50年4月から、もう数えきれないくらい訪れている店ですね。ダイエーの東京地区での旗艦店舗として、マスコミにも数多く取り上げられていました。本館は8階建、別館は3階建で、売場面積は約15,000m²、延床面積は約27,000m²もあるらしい。

今度も、何か面白い商品はないかと売り場を覗いてみようと思ったのですよ。そうしたら、3階より上は工事中でした。聞いてみたら、5月頃までダイエーとして営業を行うものの、それ以降はイオンの店舗として生まれ変わるみたい。

私たちの年代の就職活動では、ダイエーが大量採用していたのを覚えています。まさに飛ぶ鳥落とす勢いでしたからね。それはともかく、なじみの店が無くなってしまうのは寂しい限り。もっとも、イオンになってからも行こうと思いますが…。

昔の農村風景を今に伝えるすずめのお宿緑地公園

ダイエーを出て、桜並木が美しい住宅街を歩いて行くと、竹林で覆われた公園があります。ここが、すずめのお宿緑地公園。

この辺りは昔、竹林が多く、昭和の初めごろまでタケノコの産地としても知られていたらしい。竹林にはすずめがたくさん住んでおり、一帯は「すずめのお宿」と呼ばれていたそうな。当時の面影を伝えようということで作られたのですか。

園内には、この辺りにあった江戸時代中期に作られた古民家を移築・復元し、当時の農村風景をイメージすることができます。

有名なアイドル歌手結婚の舞台となったサレジオ教会

公園を出て、再び住宅街をテクテク歩くと、目の前に見事な教会が現れました。高さ36メートルの鐘塔を備えたロマネスク様式の大聖堂。1954年にサレジオ会によって建立されたので、サレジオ教会と呼ばれておりまする。

この教会の前に、かつてマスコミが大挙して訪れたことがありましたね。神田正輝と松田聖子が当教会で挙式をあげたとき、この入り口の前で二人が立っていた光景を昨日のことのように思い出しました。

松田聖子は当時、この近くに住んでいたのを知っています。この前を通ってこの教会で結婚式を挙げたいと思ったのかもしれませぬ。

地名の由来になった石のある碑文谷八幡神社

サレジオ教会の前の道を歩いて行くと、桜並木が美しい神社の参道に出ます。この神社は碑文谷八幡宮といって、長い参道と広い境内が大きな魅力。

創建年代はわからないそうですが、鎌倉時代に源頼朝の家臣・畠山重忠の守護神を当地に住んでいたその家臣が祀ったのが始まりだそうな。

ここはいつ来ても、静か。広い境内は掃き清められて、清々しい気持ちで参拝できますね。

実は、この神社に、この辺りの地名「碑文谷」のルーツになったと言われる石があるのですよ。それがこの石。

高さは約75cm、横は最大約45cm、厚さは約10cm。石の中央には大日如来を示す梵字が刻まれ、左には勢至菩薩、右には観音菩薩を示す梵字が刻まれておりまする。碑文を彫った石がある谷ということで、「碑文谷」という地名が生まれたと言われているのですね。

碑文が刻まれたのは、室町時代頃らしい。昭和の初めごろはまだ農村風景が残っていたそうですが、室町時代はこの土地はどんな雰囲気だったのだろうとイメージが膨らみます。

23区内最古の木造建築がある円融寺

碑文谷八幡神社の近くには、室町時代の重要文化財の建築物が残る円融寺があります。自宅からここまで、30分以上歩かないといけないのですが、このお寺の存在を知ったのは小学校のときでした。

祖父が、この道をずっとまっすぐ行くと突き当りに立派なお寺があるよ、と教えてくれたのです。それを確かめようと、延々歩き続けた日を思い出します。地図もなにもなくて、一種の冒険でしたね。ノスタルジックな気分になりつつ、新たな気分でお参りして行くことにしました。

この時期は、山門と桜のコラボが美しい。

仁王門は目黒区指定文化財。中に安置されている木造金剛力士(仁王)像は1559年の作というから室町時代と言いますか、戦国時代と言いますか。ちなみに仁王像は、東京都指定有形文化財。

そして、その先にある建物が国指定重要文化財の釈迦堂ですね。なんと、23区内で一番古い木造建築なのだとか。

素朴な概観ですが、入母屋造り屋根の曲線が美しい。とくに、屋根の四隅が絶妙のバランスでぴょんと立っているのが良いですね。いつ見ても、美しい建物だと惚れ惚れと眺めてしまいました。

時代を隔てて、現代まで残る建物は皆、デザインが秀逸だと感じます。どの時代の人たちも、この美しさに魅かれて、建て直そうとは思わないですよね。

昔から比べると、建物の裏には桜が植えられ、見事な花が咲くなど整備されて綺麗になりました。ただ、この釈迦堂は、周りがどんなに美しくなっても負けておりませぬ。満開の桜と競い合っている姿は、ベテランの存在価値を高めてくれているようで勇気をもらったのでした。

永嶋 信晴

永嶋 信晴ビジネス便利屋兼ウォーキングライター

投稿者の過去記事

東京生まれ。早稲田大学および日本大学卒業。地方銀行に約十年間勤務した後、各種業務代行会社を設立し独立。趣味はウォーキングで、各地の名所旧跡を歴史的、あるいはオヤジ的な見地から訪ね歩く。司馬遼太郎とBS旅番組のファン。著書は、「新規開拓営業の教科書」(青月社)、「ハッスル老健」(ゆまに書房」など多数。

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