タモリ倶楽部のロケ地「埼玉県立川の博物館」を探訪

2015年11月28日にオンエアされた“タモリ倶楽部”のロケ地が、『埼玉県立・川の博物館』です。地理、地質好きであるタモリさんが好きそうな博物館で、その中でも特に《荒川大模型173》がクローズアップされました。メディア効果もあり多くの視聴者が詰めかけることが予想されたのですが、何とオンエア数日後の12月からリニューアルとして長期休館となってしまったのです。

2016年4月1日より待ちに待ったリニューアルオープンで、タモリ倶楽部の放送内容を追って見ることにします。

“かわはく”とは?

直径23メートルの日本最大級の水車がシンボルのロケ地『埼玉県立・川の博物館』、略して“かわはく”とは、どんな博物館なのかをご説明します。


“かわはく”は、埼玉、山梨、長野県の三県が境を接する甲武信ヶ岳(奥秩父)を源とし、埼玉県・東京都を通って東京湾に注ぎ込む《荒川》をテーマとした博物館です。

室町時代以前は、文字通り“暴れる=荒ぶる”川であった《荒川》は、歴史上何度も流域に洪水被害をもたらしました。こうした“荒ぶる川”も江戸時代に入ると技術の進歩と共に治水・利水工事が始められ、明治から大正にかけての大工事も行われ、現在は、当初の荒川とは違った新しい荒川を見ているのです。

こうした埼玉県、東京都に無くてはならない《荒川》の歴史や文化等を知ることができるのが“かわはく”なのです。

巨大な立体地形模型

このような歴史を持つ《荒川》の現在の姿をあらわしたのが『荒川大模型173』です。
“173”は荒川の長さ173kmを表し、このジオラマは1000分の1で縮小されているので、おおよそ173メートルある日本一大きいジオラマです。

タモリ倶楽部では、このジオラマに沿って番組が展開されました。


放映のタイトルも『埼玉遠出ツアー 日本一の地形模型「荒川大模型173」』です。それでは放送内容に沿ってジオラマをご紹介します。

三県にまたがる源流

源流域からスタートです。


埼玉・山梨・長野県の境界にある奥秩父塊の甲武信ヶ岳は、水の分水嶺で雨水を異なる方向に流しており、その一つの流れがしみだしたところが《荒川源流点》です。そしてその源流点から約8キロメートル下流が《荒川起点》となっていて、これは国で定めた地点なので、ここからが荒川の長さになるのです。

そして荒川は26キロメートル続く秩父渓谷を流れ、その流域は地理的に有名なV字谷を通っているのですが、その様子が良く分かるジオラマだとタモリさんもニンマリなのです。

タモさんが大好きな地形

秩父盆地に入ると川幅も広く成り、タモリさんが大好きな地形、河岸段丘の上に秩父市があることが見て取れます。


特に放送では、この秩父の河岸段丘は、高位、中位、低位段丘面の三種の高さがあり、秩父公園橋が高さの違う段丘に掛かっていること注目しています。そして長瀞に入ると柔らかい地層の秩父から堅い地層の長瀞に来たことにより、荒川も頑張って流れているタモリ流の感想が飛び出すのです。

長い瀞と“かわはく”

やがて荒川は関東平野を流れます。


穏やかな流れである“瀞(とろ)”が長く続いていいることを由来とした観光地《長瀞》から、荒川の流れが一層穏やかになるところが“かわはく”(赤く塗られた地点)のある辺りで、ここから少し上流の玉淀の崖は絶景だという解説もありました。

江戸時代の治水工事

そして荒川を語るうえで重要な熊谷市に到達します。


ここは《荒川》にとって大変歴史的に重要な場所で、江戸時代初期に関東郡代の伊奈忠治らが熊谷にある“久下橋”から荒川の河道を付け替えて入間川筋に合流させた地点なのです。

残った元の荒川は《元荒川》の名称となり、川幅は狭いながら大変綺麗な水が流れており、県指定天然記念物「元荒川ムサシトミヨ生息地」として、《元荒川》にある熊谷市ムサシトミヨ保護センターから約400メートル下流区間を保護しているのです。

こうして《荒川》の治水・利水が始まった歴史的な場所といえるのです。

荒川日本一の誉れ

熊谷の下流に進むと鴻巣市で、ここには“川幅日本一”があります。


国土交通省の川幅の定義では、堤防から堤防までの距離を川幅とし、ここが2,537メートルの日本一の川幅となったのです。

そしてここは荒川が洪水になった際の遊水池となっており、川と直角に堤防である《横堤》が作られており、この上が国道なので、実際に通れば川幅日本一を実感することもできるのです。更に、この川幅日本一をあやかって鴻巣市では“川幅うどん”という名物を作り町興しに役立てているのです。

明治・大正期の人口河川

荒川を語るうえで欠かせないもう一つの重要なポイントが東京都北区にある《岩淵水門》で、対岸は埼玉県川口市です。


治水・利水に努めた《荒川》でしたが、明治43年の洪水の被害が甚大だったため、新たな治水が行われました。

それは蛇行して流れてた荒川をまっすぐ東京湾に流すために人工の《荒川放水路》を造ったことです。当初は荒川放水路と呼ばれていましたが、昭和40年に正式に《荒川本流》となり、元の荒川は、岩淵水門から港区の浜離宮までの《隅田川》となったのです。

タモリさん一同も隅田川の起点が岩淵水門であったことに驚いていました。

都内を流れる一級河川

その後、東京都に入り武蔵野台地の地形や飛鳥山、石神井川などの流れを見つつ、荒川区にある京成線の《京成八広駅》はもともと“荒川駅”であった事などを見ながら東京湾に向かうのです。


河口には、昔の荒川の終点地点があり、その時点では169kmの長さでしたが、埋め立てが進んで終点が伸びたことから173kmになったエピソードで番組のエンディングとなりました。

タモリ倶楽部放映時は、このジオラマもヒビ等があり大分痛んでいたのですが、リニューアルされて綺麗に生まれ変わったのです。

かわはくの見所

タモリ倶楽部での放映は以上でしたが、そのほかの見所についてもご紹介しておきます。

《荒川と人々の暮らしとのかかわり》をテーマとした常設展示室では、実際に動かしたり乗ったりでき、展示資料に自由に触れることもできる体感的な展示室です。様々なイベントも行われていますので、非常に楽しく学べます。

子供に大人気な《荒川わくわくランド》は、アスレチックの水バージョンとも云うべき施設で、ボートに乗ったり橋を渡ったりして、遊びながら水の力などを体験できるアトラクションです。

その他、実際に昭和初期まで使用されていた水車が展示されている《水車小屋広場》や、魚に触ったり、エサをあげているところが観察できる《渓流観察窓》、そして疲れたりお腹がすいた時の《レストハウス》もあります。

タモリさんの楽しんだ、“かわはく”はいかがでしたか。実際に見るとその大きさが良く分かるジオラマですので、あなたの目で一度見てくださいね。

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