飛鳥と書いて、なぜ「あすか」と読むの?その秘密が奈良・橘寺にあった!

地名の謎

奈良県中部に明日香村という村があります。読み方は「あすかむら」です。さらに、この村には「飛鳥」という地名があります。こちらも読み方が「あすか」であることは、誰でもご存知でしょう。6~7世紀ごろ飛鳥時代の舞台となった場所です。

でも、不思議に思ったことはありませんか?「飛鳥」と書いてなぜ「あすか」と読むのか、ということを。

しかも「あすか」という読みに対し「飛鳥」と「明日香」の二種類があるのです。なぜ、こんなややこしいことになったのでしょうか。

「あすか」の意味

そもそも、この地がなぜ「あすか」と呼ばれるようになったのか、それには諸説あります。最も信憑性が高いのは、この場所が「スカ地」であったということ。

「スカ地」とは、川の流れによって出来た砂州のことです。この辺りには飛鳥川があって、そのためスカ地ができたわけです。「スカ」に接頭語の「ア」が付いて「アスカ」となりました。

でも「スカ」というのは、いかにも縁起が悪い。昔から地名には「佳字」と言って、いい意味の漢字を充てられていたのです。「明日香」だと「明日に香る」で、実に綺麗な文字です。これで「あすか」に「明日香」という漢字が使われた理由がわかりました。

でも「飛鳥」の疑問は残ります。

飛鳥の正体は、聖徳太子の生誕地にあった!?

スカ地なんて、日本全国にあります。つまり「あすか」という地名は、決して珍しいものではありませんでした。

そのため、当時は日本の中心地だった「あすか」には、他の土地と区別する必要があったのです。そこで「飛ぶ鳥の明日香」という枕詞が付けられました。でもなぜ、この地の「あすか」は「飛ぶ鳥」だったのでしょう。

これは日本史にとって長年の疑問であり、未だに結論は出ていません。しかし、実に説得力のある説が出て来たのです。

それは、飛鳥時代のスーパースター・聖徳太子の生誕地とされる、明日香村の橘寺に端を発する、というものです。

明日香村にある橘寺

橘寺近くにある、聖徳太子生誕地の石碑

橘寺から見える、飛鳥の正体

橘寺は、小高い丘の上にあります。ここから見通しのいい北の方を見ると、左に龍王山、中央に三輪山、右に巻向山が見えます。この三つの山は、中央の三輪山が鳥の頭、左右の龍王山と巻向山が翼のような感じになります。

つまり、大きな鳥が飛んで来るように見えるのです。その姿は実に圧巻で、明日香に住む人たちは、三つの山を大きな飛ぶ鳥に見立てたのでしょう。そう考えると「あすか」に「飛鳥」の字を充てた理由がわかります。

橘寺から見た三つの山、左から龍王山、三輪山、巻向山。大きく羽ばたく鳥に見える(トップ写真も参照)

それでも飛鳥の謎は続く……

今まで話したのは、奈良県にある飛鳥についてです。ところが飛鳥はもう一つ、大阪の南河内地方にもあるのです。

それが、現在の羽曳野市および太子町にある飛鳥です。ここは近つ飛鳥と呼ばれ、奈良県明日香村の方は遠つ飛鳥と呼ばれています。かつての難波宮(現在の大阪市)に近い方が近つ飛鳥、遠い方が遠つ飛鳥というわけですね。

近つ飛鳥からは、龍王山、三輪山、巻向山は見えません。にもかかわらず「飛鳥」の漢字が充てられています。これは大きな謎ですね。

近つ飛鳥も遠つ飛鳥も、当時の日本では首都機能を果たしていたのだから、同じ地名になったのかも知れません。このあたりは、古代史のロマンと言えましょう。ちなみに、聖徳太子が生まれたのが遠つ飛鳥の橘寺ならば、聖徳太子の墓があるのは近つ飛鳥の叡福寺(太子町)です。

橘寺へのアクセス

公共交通機関を利用の場合は、近鉄南大阪線の大阪阿部野橋駅から吉野行き急行もしくは特急(特急料金必要)に乗り飛鳥駅で下車、明日香周遊バスに乗って岡橋本バス停で下車します。車利用の場合は、無料駐車場もあります。なお、橘寺の拝観料は大人350円、中高生300円、小学生150円となっています。

明日香村は歴史の宝庫で、橘寺のみならず史跡がたくさんあるので、レンタサイクルを利用してあちこち周るのもいいでしょう。

ぜひとも橘寺に行って「飛鳥」の正体をその目で確かめてください。上記の写真では味わえないほどの、感動があると思います。

安威川敏樹

安威川敏樹スポーツを中心とするライター

投稿者の過去記事

大阪府在住。作業関連機器の設計から、スポーツを中心としたライター・コラムニストに転身。野球雑誌等に寄稿の他、電子本に野球小説を執筆。野球の独立リーグでの公式記録員の経験あり。野球以外では、ラグビー雑誌にも寄稿。モットーは「文字をオモチャにして遊ぶ」。

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