見事な景観と史跡めぐりが無料で楽しめる新江戸川公園、椿山荘を歩く 東京都文京区

見事な景観が無料で楽しめる新江戸川公園

東京都文京区のウォーキングを続けます。関口芭蕉庵から神田川沿いを少し遡ったところにあるのが新江戸川公園。

この場所は、幕末に細川家の下屋敷になり、明治時代には細川家の本邸となったのですか。その後、東京都の所有を経て、1975年に文京区に移管されたのですな。

この見事な池泉回遊式庭園は、細川家下屋敷の庭園の景観を復元したのですか。解説板には、目白台台地が神田川に落ち込む斜面地の起伏を活かし、変化に富んだ景観をつくり出していると書かれていました。

この付近は、目白台からの湧水が豊富で、「鑓り水」の手法を取り入れ、岩場から芝生へ細い流れを作り、周辺に野草をあしらっているとか。

池の向こうの高台を山に見立てているから、それほど広くなくても、遠近感が絶妙の広がりのある景観が楽しめるのですな。もらったパンフにあるように、遊歩道の一部が踏み分け道のようになっているので、プチ深山幽谷気分が味わえるのもよかったです。

公園の一画にある由緒ありそうな建物が、松聲閣(しょうせいかく)。

明治時代、細川家下屋敷跡に学問所として建設され、大正時代に改修されたのだとか。木造2階建で、公園となってからは集会施設として活用されていたらしい。

文京区が修復と耐震補強工事を行って、2016年1月にリニューアルオープンし、現在は集会室として利用されているそうですね。

日本の自然と史跡めぐりがコラボで楽しめる椿山荘庭園

神田川沿いを歩き、最期に向かったのは椿山荘。ご存知、結婚式場やホテルなどで有名な施設ですが、ここの一押しはやはり広大な庭園でしょうね。

関口台地から神田川に面したこの辺りは、起伏があって変化に富んだ景観が魅力。南北朝時代から椿が自生していたそうで、「つばきやま」と呼ばれていたらしい。江戸時代は久留里藩黒田氏の下屋敷で、明治時代には元勲・山縣有朋の屋敷となり、そのとき「椿山荘」と命名したのですか。

その後、山縣有朋から譲り受けた藤田平太郎が、今に残るさまざまな文化財を随所に配して、名園の風情を高めたそうな。ここの庭園はうれしいことに一般公開されていて、施設利用者ではなくても見学することができるのですよ。

神田川沿いの庭園入り口は冠木門があり、そこを入ると「御神木」が出迎えてくれます。

椿山荘最古の樹木で、樹高は約20メートル、根本周囲は4.5メートルあるとらしい。樹齢約500年の「椎の巨木」は庭園を訪れる人たちをまず驚かせる趣向かと。

緑深い道をしばらく歩くと、右手に「古香井」と呼ばれる井戸があります。

解説板には、古くから東京の名水に数えられた由緒ある湧水秩父山系からの地下水が湧き出されているもので、ミネラルカルシウムを豊富に含んだ弱アルカリ性の水だと書かれていました。何でも、関東大震災(1923年)の時には被災者用に解放され、その渇きをいやしたと言われているそうな。災害時には、枯れることがない井戸は貴重ですね。

左手には、幽翠池と呼ばれるひょうたん型の広い池があります。その脇には、チャペルが二つもあるのですか。椿山荘は、都内屈指の結婚式場ですからね。教会で結婚式を挙げたいカップルも多いのでしょう。

ちなみに、右にあるのがヨーロッパの古城をイメージさせるヴァンヴェール。フランス語で「緑の風」という意味だそうな。 左にあるのが、バージンロードが大理石のクリスタルチャペル・ルミエールですか。

ルミエールの横には、存在感のある滝が流れ落ちています。

高さは約10メートルあるそうで、野趣あふれる景観と近代的な建築物とのコントラストが良い味を出しておりまする。今回は行きませんでしたが、この滝は裏側からも見られる裏見の滝にもなっているのですよ。

東京都区内に現存する三古塔のひとつがある

滝を眺めながら、庭園の最高所を目指して丘を登っていきます。やがて目の前に、椿山荘のシンボルとなっている三重塔が現れました。

この塔は、広島県現東広島市の竹林寺にあったものを藤田平太郎が1925年に譲り受け、この場所に移築したのですか。竹林寺は、平安期の歌人として名高い小野篁(おののたかむら)ゆかりの寺院。室町時代末期のものと推定されており、国の登録有形文化財に登録されている歴史建造物なのですな。

東京都区内に現存する古塔は、ほかには江戸時代に作られた上野の旧寛永寺五重塔と池上の本門寺五重塔だけだとか。

三重塔の下には、由緒ありそうな丸型大水鉢がありました。解説板によれば、これは、もと京都府東山区粟田口から蹴上を経て山科へ通じる日ノ岡峠にあったもので、木食上人養阿正禅が旅人のために作ったものだとありました。

昔の人たちは、こんなゴージャスな水鉢から水を飲んでいたのですか。ここから水を飲んだら、峠を越える元気がもらえそう。

近くにある石灯篭も、何やら由緒がありそうですな。解説板には、驚くようなエピソードが書かれていました。

これは、般若寺型石燈籠と呼ばれているそうな。般若寺は、飛鳥時代に創建されたという奈良県の古刹。般若寺型と言うくらいだから、オリジナルの石灯篭は般若寺にあり、椿山荘の石灯篭はそのコピーだと思われていたらしい。

ところが調べてみると、椿山荘のこの石灯篭は、鎌倉時代後期に作られたものだとわかったそうです。そして、般若寺のほうは、この石燈籠を江戸時代前期になって、忠実に模して造られたと考えられているのだとか。

コピーだと思われていたものがオリジナルで、オリジナルと思われていたものがコピーだったのですかね。もっとも、コピーという表現は、適当ではないかもしれませんが…。その経緯はどうあれ、椿山荘の庭園の価値を高めるものであるのは間違いないようで。

ほかにも、椿山荘には由緒あるアイテムがたくさんござりまする。たとえば、この十三重石塔は、鎌倉時代の様式で、織田信長の弟、織田有楽ゆかりの層塔と伝えられているそうですね。

桜と空中遊歩道が魅力の江戸川公園

椿山荘を出て、神田川のほとりを歩き、地下鉄の駅を目指します。川沿いには、ソメイヨシノが植えられています。

明治時代から、この川の両岸、約500メートルは、桜の名所として夜桜見物の船などで賑わっていたらしい。その後、神田川の洪水が続き、護岸工事によって多くの桜は切られてしまったとか。しかし、昭和58年に新たに桜の木が植えられ、再び桜の名所として、開花の時期には多くの花見客が集まっているとのこと。

しばらく行くと、川沿いに細長い公園が現れます。これが、江戸川公園。

台地の斜面に自生する雑木林を眺めながら歩いていくと、石の広場や時計搭のある四阿、藤棚のあるテラスなど、変化に富んだ景観を楽しむことができます。この石組みの池は、神田上水取り入れ口に使用されていた大洗堰を復原したものだとか。

斜面には、浮き橋状の空中遊歩道がありました。これは、鋼管の手摺りと枠に松板の踏板を組み合わせたもので、斜面の樹木をいためないように浮かして造ってあるらしい。

何か、遊園地のアトラクションみたいですね。

永嶋 信晴

永嶋 信晴ビジネス便利屋兼ウォーキングライター

投稿者の過去記事

東京生まれ。早稲田大学および日本大学卒業。地方銀行に約十年間勤務した後、各種業務代行会社を設立し独立。趣味はウォーキングで、各地の名所旧跡を歴史的、あるいはオヤジ的な見地から訪ね歩く。司馬遼太郎とBS旅番組のファン。著書は、「新規開拓営業の教科書」(青月社)、「ハッスル老健」(ゆまに書房」など多数。

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