富士塚、パワースポットの洞窟、樹林公園などインパクトある体験ができる町 埼玉県和光市を歩く

埼玉県和光市にも城跡がある

今回行ったのは、埼玉県の和光市。

私事で恐縮ですが、私が独立開業した当初、ようやく見つけたのが、あるチェーンの店舗開発の仕事。

もう20年以上前ですが、約1年間にわたってこの近所を中心に歩き回りました。苦しい思い出もたくさんありましたが、今となってはすごく懐かしい。その後、数年に一度は和光市を訪れて、当時を懐かしんでおりまする。前回行った時から5年以上経過しているので、また訪れてみようかと…。

いつもは東武東上線の和光駅前から歩くのですが、今回は少し趣向を変えてみようと思いました。というのも、和光市にも城跡があるという噂を耳にしたのですよ。

ウォーキングのスタートは、東武東上線の成増駅。ちなみに、成増周辺は東京都の板橋区ですよ。

成増周辺も、当時は仕事でよく歩きましたが、駅前は様変わりですな。ごちゃごちゃした雰囲気だったのが、マンションや商業ビルが立ち並んですっきりした感じですね。

坂の名前と地形に痕跡が残る白子城山

北口通りから、和光市の白子地区に入ってしばらく行くと、城山坂という標識が…。

もうすぐ城跡に出会えると思うと、心がときめきます。坂の上には城山のバス停があり、近くの高台に小さな神社がありました。

ここは御岳神社というらしい。横は崖になっていて、かなりの高低差があります。当時の城があったと言われている場所からは少し距離がありますが、見晴らし台のような施設がここにあったのかもしれませぬ。

神社の周辺は台地になっており、そこからしばらく歩くと白子小学校がありました。

この小学校のある場所が、中世の城館跡と言われているそうですね。しかし、資料にも伝承にも、この城のことは残っていないそうな。唯一城跡だとイメージできるのが、校舎の横にある城山坂の標識。この近所に住む人たちが、ずっと城山という名称を伝えてきたから、城跡だと認識できるのかもしれませぬ。

ただ、小学校の周りを歩いてみると、高台で、近くに川が流れています。当時の街道に睨みをきかせることができる要素も加えると、城作りの好立地だったことがわかります。事実、この辺りを発掘調査したところ、弥生時代や平安時代の住居跡のほか中世の堀と見られる溝が数条発見されたそうですよ。

この地域は戦国時代、山内上杉氏と扇谷上杉氏、それに小田原の北条氏が目まぐるしく攻防を繰り返した場所。白子城山も、それらの大名たちの戦いの舞台のひとつになったのでしょうね。

立派な富士塚がある熊野神社

白子小学校の裏の通りを進み、東武東上線の線路を超え、マンションの脇の小道を下りると、由緒ありそうな神社がありました。

ここが、熊野神社。白子宿の中心として古くから信仰を集め、明治時代には付近の神社も合祀し、現在では地域全体の鎮守となっているそうですね。

この神社の一押しスポットは、白子富士と呼ばれる立派な富士塚があること。長年、富士塚を見続けてきた私としても、これほど存在感のある富士塚はあまり記憶にありませぬ。

登っても良さそうなので、さっそく富士登山を開始します。鳥居も立派だし、石碑も多くて期待が膨らみますね。

なんか、モノホンの山を登っている雰囲気も味わえました。ただ、途中で登山道に張り巡らされたクモの巣を直撃。口の中にクモの巣が入って、パニックを起こしかけましたが…。

でも、なんとか無事、山頂へ到達。

熊野神社を見下ろしつつ、山登りのプチ達成感を味わうことができました。

パワースポットの洞窟が興味深い清龍寺不動尊

熊野神社の隣には、清龍寺不動尊というお寺があります。天台宗の慈覚大師円仁が堂を建てた事が始まりと云われる由緒ある寺院。

ここの注目スポットは、開運利益洞窟巡りでしょうね。

解説板によれば、富士山の溶岩を運んできて開運洞窟を作ったと書かれています。曲がりくねった洞窟内には、稲荷大明神が祀られパワースポットとして人気を博しているとか。…と聞けば、行かないわけには参りませぬ。

無料で入場できるのもうれしいですね。真っ黒な洞窟巡りは嫌だなと思いましたが、入り口で電気がつけられるのを知ってほっと一息。

思ったより洞窟が長く、先が見通せないからスリルもあります。途中、稲荷大明神にお参りして旅の無事をお祈りしました。

ほかにも、このお寺は、一般の人でも滝行が体験できるスポットとして人気らしい。明治時代、乃木将軍が日露戦争の旅順出陣の前に、ここで滝行をしたそうですよ。

日頃の煩悩を払い落すために、滝行をしたほうが良いと思ったのですが、先を急ぐ旅なのでまた今度にして不動院を後にします。

和光駅前クロニクル

川越街道を歩き、外環自動車道の近くから農協通りを進んで和光駅前に向かいます。それにしても、駅前の風景はがらりと変わりましたね。

25年前は、駅前といっても空地ばかりで、自動車教習所のコースみたいだなと思った記憶があります。それが今や、飲み屋やコンビニ、ファストフード店のカタログみたいにいろんな店舗が建ち並んでいるのですよ。

ひと昔前の新横浜の駅前が、田んぼだったのを思い出します。私が子供の頃、その風景を新幹線の車窓から眺め、こんなところに新幹線の駅なんか作ってどうするんだろうと思った記憶がありますから。それが今や、高層ビルが建ち並び、新横浜へ行くたびにタイムマシンから降りたような気分になりますね。

ジョギングコースがお勧めの和光樹林公園

駅前から続く大通りを和光樹林公園に向けて歩きます。駅前は大きく変わりましたが、少し歩くと昔歩き回った頃と変わらない懐かしい景色が…。

私が頑張って開拓したお店もまだありました。当時は小さかったけれど、着実に発展しているみたい。首都圏を歩くと、多少なりとも足跡が残せたことに満足する今日この頃。

和光市役所を横目に歩いていると、やがて和光樹林公園へ到着。ここは、広い敷地にさまざまな木が植えられていて、ジョギングコースもある公園ですね。言わば、和光の「代々木公園」といった雰囲気。

こちらの公園は、太平洋戦争の後、米軍が旧陸軍士官学校の敷地の一部を接収し、朝霞キャンプとして利用していたらしい。後に返還され、隣の「大泉中央公園」とともに樹林公園になったのですな。

敷地面積は約20ヘクタール。広大な芝生広場があったり、アスレチックの器具があったりしてゆっくりするにはもってこいですな。

お勧めは、全長1キロにおよぶジョギングコースが整備されていること。茶色のクッション性の素材が使われており、足への負担は少ないでしょうね。

ウォーキングもできるみたいなので歩いていると、林の景色が移り変わって気持ちよく歩くことができました。

…と和んだ気分でいたら、突然の豪雨が。でも、この公園には広い東屋の休憩スペースもあるのでした。

ベンチに座って、豪雨と雷のコラボを体験するのも旅の醍醐味の一つだと楽観していたら、強風で横殴りの雨に見舞われ、ずぶ濡れに…。

1時間後、雨が止んで公園を見たら、林の中にところどころ池ができていましたね。

永嶋 信晴

永嶋 信晴ビジネス便利屋兼ウォーキングライター

投稿者の過去記事

東京生まれ。早稲田大学および日本大学卒業。地方銀行に約十年間勤務した後、各種業務代行会社を設立し独立。趣味はウォーキングで、各地の名所旧跡を歴史的、あるいはオヤジ的な見地から訪ね歩く。司馬遼太郎とBS旅番組のファン。著書は、「新規開拓営業の教科書」(青月社)、「ハッスル老健」(ゆまに書房」など多数。

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