天下分け目の「関ケ原の戦い」を再現した「関ケ原ウォーランド」を訪問

日本の歴史の教科書に必ず出てくる「関ケ原の戦い」。年号も1600年と覚えやすく、誰もが一度は聞いたことがある戦いの名前です。

関ケ原とは当時は美濃の国、現在は岐阜県西部の滋賀県境にある地名。関ヶ原古戦場跡は国指定の史跡となっており、関ヶ原町歴史民俗資料館や岐阜市歴史博物館、また名古屋市にある徳川美術館などにも関ケ原合戦屏風図が展示されるほど、東海地方にはなじみのある戦場となっています。今回はこの合戦の主戦場となった岐阜県関ケ原町を訪問します。

秋の風景が感じられる頃に「関ケ原の戦い」は起こりました

岐阜県西部にある関ケ原は滋賀県に隣接しており、北には日本最大積雪記録を持つ「伊吹山」がひかえているため、冬場はかなりの雪に見舞われます。冬場に東海道新幹線が遅れる場合の多くは、雪が多い関ケ原での徐行運転が原因であることがほとんどです。

そんな雪の多い関ケ原ですが、「関ケ原の戦い」が起きたのは10月のこと。まだ雪はありませんし、山々が赤や黄色で色づくような時期に戦いの火ぶたは切られました。

たくさんのリアルな人形がならぶ「関ケ原ウォーランド」

「関ヶ原の戦い」をより詳しく知るには資料館や博物館を訪れるのがベストかもしれませんが、今回は「関ケ原ウォーランド」を訪問してみます。「関ケ原ウォーランド」は史跡関ケ原古戦場からほど近いエリアにあり、30000平方メートルもの広大な敷地を持つ野外博物館です。公園内には280体以上のコンクリート製の武将像が並べられており、合戦の様子をリアルに再現してあります。

園内の各武将の配置は史実通りに再現してあります

「関ケ原ウォーランド」の園内は、石田三成を中心とする西軍、徳川家康を中心とする東軍の布陣が史実通りに再現されています。武将以外にも足軽、鉄砲隊、馬などの像が展示され、表情もどこかユーモラスです。

容姿端麗で背も高かった「宇喜多秀家」は、関ヶ原の戦いで負けたにもかかわらず84歳まで生きたと言われる人物。福島軍の先鋒隊長「可児才蔵」は、今まさに敵の首をとろうとしている様子がかなりリアルです。また、なかなか動こうとしなかった「小早川秀秋」は複雑な表情で座っており、西軍で唯一自害をして果てた「大谷吉継」は、今まさに切腹しようとしているシーンが再現されています。

家康の首実験場はお子さまには配慮が必要かも・・・

園内には徳川家康の首実験場という場所があります。ここは生々しいシーンが再現されていますので、小さなお子さまをお連れの方はお子さまへのご配慮をお願いいたします。敵将の首を取ってきたことを家康公の前で報告しているのですが、実験場の前には首をいくつもぶら下げて運ぶ二人の像などもあり、戦がいかに悲惨なものだったかが描かれています。

屋内展示資料館は実際の戦で使われた武具が多く展示

屋外の武将像以外にも見どころはあります。屋内資料館にある武具の数々は、実際に当時使用されていたもの。数多くの武具甲冑などが展示してあるほか、さまざまな形の武将の兜も飾られています。

「関ケ原の戦い」の大まかな様子を理解するのにちょうどよく、歴史を勉強し始めた小学生高学年や中学生くらいの世代には、とてもおもしろい施設です。貸し出し用の鎧兜などもあり、鎧武者体験などもできるので、歴史好きな方は一度訪れてみてはどうでしょうか。

常盤兼成

常盤兼成乗り物と旅を愛する行動派塾講師

投稿者の過去記事

小中学生に、勉強だけでなく旅の魅力も伝えている学習塾講師です。
乗り物も大好きなので、塾生の保護者様からの旅行の相談もよくあります。
知らない土地に行き、知らない人と会話をし、現地の食べ物をいただくという体験こそ旅の醍醐味です。みなさんにもたくさん旅の魅力を感じてほしいと思います。

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