宝塚温泉を歩く12 おさんぽミュージアム〜小濱宿から清荒神へ

今回は、小濵宿から有馬街道を歩いて阪急清荒神駅前からの清荒神清澄寺(きよしこうじんせいちょうじ)の参道を経て、幕末から大正期にかけて活躍した南画家の富岡鉄斎(とみおかてっさい)の作品が収納されている「鉄斎美術館」へ向かうコースをご案内します。

いわし坂

スタートは、前回も紹介した「いわし坂」。赤い欄干の国府橋の脇から細い道が降りています。これが「いわし坂」。明治8年に橋がかかるまで、有馬街道は一端谷底まで下がり、再び高台へ登っていたそうで、今も細い旧道が残っています。下記の写真は、いわし坂を下から見上げた風景で、国府橋の赤い欄干がチラ見えしてます。

旧和田家住宅(宝塚市立歴史民俗資料館)

この旧家、橋からすぐ、有馬街道沿いにある宝塚市内に残る古い民家で、江戸時代中期に建造され、角屋座敷(つのやざしき)や納戸構(なんどがまえ)などが特徴だそうです。和田家は、米谷村飯野藩の庄屋を代々勤めた旧家でした。現在は宝塚市が管理しており、市民ボランティアガイドの方が現地で説明してくれます。

●旧和田家住宅(宝塚市立歴史民俗資料館)・宝塚市米谷1丁目8番25号

【開館時間】10時から16時(休館日:毎週月曜・年末年始)
【入館料金】無料
【電話番号】0797-77-2029

屋敷内も開放されています。

こじんまりしたお庭も観て下さいね。

古道・米谷墓道

ボランティアガイドの方と壁に貼ってあった旧村地図を見つつ歴史談義してると「昔からの古道が残ってますよ」と教えてもらったのがこの小道。たしかに現在の地図上に細く山麓まで続いています。民家の軒先、玄関先をかすめ、売布神社(めふじんじゃ)の石灯籠前を通り、米谷村の墓地に向かっています。興味のある方は歩いてみてはいかがでしょうか?

阪急宝塚線踏切に古道の名前が残っています。

清荒神参道

JR福知山線、阪急宝塚線と連続して踏切を渡ると阪急清荒神駅から続く参道に出会います。土産物屋や飲食店の並ぶ参道を登って約40分ほどで清荒神清澄寺に着きます。この参道を通らずに寺へは車&バスで行けるようになっています。初詣の時は人で溢れ返り、寺の山麓周辺道は通行規制がかかりますのでご注意を~。

この屋台群が見えると山門まですぐです。

奉納者「辰馬氏」とは?

参道途中、中国自動車道の高架を潜ると大きな石灯籠と石橋があります。この石橋「禊橋(みそぎばし)」という名前で、脇に奉納者名を刻んだ石柱があり、そのひとつに「辰馬」と彫られています。この名字、宝塚から西宮、尼崎の神社の奉納者名に必ずありますね。実は、西宮の酒蔵「辰馬本家酒造」の辰馬家なんですね。え、この酒造メーカーを知らない? 清酒の銘柄は「白鹿」です、ご存知かと〜♪

山門前の奉納者名にも注目

山門手前にも大きな奉納者名を刻んだ石柱があって、先程の辰馬氏以外に横綱、俳優、棋士などの氏名が彫られています。

清荒神清澄寺

まずは清荒神清澄寺の説明。宇多天皇より「日本第一清荒神」という称号を与えられ〜ちなみに荒神さんとは台所の神様で、今も「かまどの神様」として信仰を集めてます〜本尊の大日如来坐像(国の重要文化財)で、鎮守社として三宝荒神社が祀られています。

火箸を奉納します。

ここへも是非お参りを〜

資料館(無料)

お寺の歴史、信仰、行事の説明と共に幾多の什物や所蔵品を順次展示しているので休憩がてら観るといいです。

ロケに行った時は茶器の展示をしてました。

鉄斎美術館

鉄斎美術館の写真幕末から大正期にかけて活躍した南画家の富岡鉄斎(とみおかてっさい)作品1000点あまりを所蔵する美術館です。なんでも清澄寺の坂本光浄法主との間には親交があったそうです。アイキャッチのページは展示紹介のポスターです。味わいのあるええ字を書いてはりますね〜♪

【開館時間】午後10時〜午後4時30分(入館は4時まで)
【休館日】月曜日(祝日・振替休日の場合は翌日)/夏期・冬期休館。臨時休館り
【入館料金】一般300円/高大生200円/小中生100円
【電話番号】0797−84−9600

rojii

rojii銀輪&徒歩での低速徘徊を人生の糧とす。

投稿者の過去記事

3歳の頃より気ままにブラ歩き、母を激怒させ、6歳で銀輪の味を覚え、13歳にして銀輪無限地獄に堕ち、そのまま年を重ねもうじき還暦。三つ子の魂百まで、野良道、山道、路地道を写真機持って日夜低速徘徊。怪しきモノ、珍なるモノ、コナレタモノ達と出会う事を活きる糧にしております。

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